デッサン −ふたりの鉛筆−

dessin(デッサン):木炭・コンテ・鉛筆などで描いた単色の線画。普通、作品の下絵として描かれる。素描。

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2008.06.15 Sunday

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京都市美術館にて

2007.09.26 Wednesday 22:48
 フィラデルフィア美術館展の最終日、京都市美術館に行きました。印象派からキュビスムとかシュルレアリスムとか…とにかく個々の作品だけでなく、美術の移り変わりも感じ取れるような構成でした。それまで求められていた写実的な表現から、明暗の段階に富んだ、印象的な、全体の雰囲気を重視した表現を求め、印象派に続いて、遠近法や写実を放棄して、ピカソを代表とするキュビスムとか、超現実とか、抽象とかいう表現が続いて生まれてるようです。正直シュルレアリスム(超現実主義)と言われても、「これが現実を超えた現実かぁ」なんてわからないんだけれど、写実的でわかりやすいものをはじめ、いろんな絵をきれいだなぁとか、ステキだぁとかなんとなく眺めてて、ふと惹きつけられるのがそんな世界の作品であることが多いです。


 ジョアン・ミロという画家がいます。私はなぜかこの人の作品が好きです。対象、物事や空間を細部まで写実的にではなく、また全体的に印象的に描いている感じでもなくて、「いったいどこにこんな世界があるんだろう」って不思議に思う作品です。でも確かに”抽象的”ではなく、夢の中のようではあるけれど、具体化された世界がそこにあります。一つだけ持ってる複製画はミロの作品です。以前、美術館の一室で、遠くからその作品を見たとたんに気になった作品。複製画では、本物と対峙した時のような何かを得ることはできないけれど、その時の感動をたまに眺めては思い出しています。実際に作品と対峙した後、ミュージアムショップで絵はがきをよく買います。絵はがきは安価で良い。本物は買えないからそれで何かを思い出したいのかも。


 シュルレアリスムは空想でも非現実でもなくて、「ものすごく過剰なまでに現実」「現実から離れてしまった世界ではなく、夜の夢や見慣れた都市風景、むき出しの物事などの中から不意に感じられる「強度の強い現実」「上位の現実」」という考えの中で描かれる世界だそうです。
シュルレアリスム. (2007, 9月 14). Wikipedia, . Retrieved 14:26, 9月 26, 2007 from http://ja.wikipedia.org/

─私は何一つ創造しなかった。
  すべてはそこに初めからあったものだ─ ミロ


  ある女優の言葉を思い出します。
「私は絵を通して、彼の見ていた世界を見たいのかもしれない。
私にはこんな風に世界は見えないから。」
絵とその道程(M.Mukai) | comments(0) | trackbacks(0) | デッサン−ふたりの鉛筆 | このエントリーを含むはてなブックマーク

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